好きなBPMは128。

なんか青いやつの、戯言。

環境の変化で、友達と合わなくなる。

風邪で昼間わりと寝てたら夜に寝れなくて、更に深夜に考え事してたら止まらなくなってしまった。

 

 

環境が変化すると今までの友達と感覚が合わなくなるのは、俺だけなのか。

 

その結果、友達を失うまではいかないけど、付き合いが自然となくなっていく気がする。

 

・小中(地元の公立行ってたから小→中にそこまで多くの変化はない)

・高校

・予備校

 

大きくこんな感じの環境が今まであって。

わからないけれど、それぞれの環境で、それぞれそれなりに友達はいたと思う。少なくとも私的にはまあまあいて、それなりに楽しくやっていた。

 

が。

 

特に小中→高校→予備校→大学なんて流れが早いので、ぽんぽん環境は変わっていく。半ば強制的に。

 

環境は変わっても、今までの友達も会う人とは有り難いことに会い続ける。

 

そこで、話すと。

もう今までのようにはなれない。

 

いや、それは当たり前ではあると思う。

 

年齢重ねて環境も変われば、それなりに考えに変化もあるし、ノリとかも変わるだろうし。

それが大人になるということなのだろう。

 

 

それでも、納得出来ないくらい、感覚が合わないと感じる時がある。

 

 

一番感じる区切りは、大学に入る前と、入った後。

 

 

大学入ってから、色んなことをした気がする。

そこの是非とか良かったかどうかとかはどうでもよくて、色んなことをした気がする。

で、それが、今までの感覚ではわからないというか、その環境では常識の範囲外というか、そうだったのかもしれない。

 

友達と会っても、自分のなにを話して良いのか、わからなくなった。

たぶん、大学入ってからそれまでの友達と会ったら、サークルの話とか授業の話とかをするだろう。

もちろんそれもそうだったが、自分の場合、意外とそこの話は少なかった。

なにもしてないわけではなかったから、話すことがないわけではない。

しかし、今までの常識上、考え上、サークルとか授業とかバイトとかはたまた恋愛かわからないけれど、そういう話をしていて、求められていて、自分は違ったというか。

 

たぶんみんな自分の言いたいこととかやってることとか、80%くらいは話してた気がするけど、自分は10%も話してない気がした。ていうか話せなかった。

 

とてつもない違和感だった。

あのときは自然と仲良く色んな話を出来ていたのに、大学入ってから、環境が変わって、共通の話題がなくなったから、だろうか?

それでもみんな共通のなにかを大学行っても持っていて、その話が出来ているような気がした。

 

「お前、なにしてるの?」

 

よく聞かれた。

ていうか親にも聞かれる。

そりゃそうだ気になる。

 

で、想定されているのは、期待されているのは、

「バスケのサークル入っててー」とか。

「あーなるほどねー」ってなる。

 

で、実際はそうもいかないわけだ。

気にはなるけどそこまで説明しなきゃわからないもの相手は求めてないから「へー」ってなって終わって、よくわからないやつ認定され、そこから疎遠になっていく感覚があった。

相手としても、感覚がずれてしまったというか、そういう認識を抱かせるのだろう。

 

 

予備校時代仲良くて、いつも予備校閉まるまで一緒に勉強してたやつに、

「大学入ってから一番遠くへ行ってしまった」

と表現されたことがある。

 

 

要はそういうことなのだろう。

 

 

いや自分が偉いとかそういうことではない。そう感じさせるようなこと書いている気がするが、別にそういうつもりではないことはわかってほしい。

そういうつもりがなかったのにそうなってしまってなんか単純に寂しいような、そんな気がしなくもない。というか、旧来の友人を失っていってる感じがして、嫌なのだ。

ていうか単純に自分を出せていない自分が悪いと思う。

 

 

環境がアップデートされ、自分の感覚がアップデートされ、自分の知っている世界の広さがアップデートされ。

 

 

友達までも、アップデートされてしまうのだろうか。

モチベーションビデオ作成の旅。

モチベーションビデオ(士気を高める映像)

になる映像ってありませんか?

 

 

私はあります。

 

 

急になに言ってんだって話ですけど。

 

「パソコンの容量がいっぱいです」って通知が嫌になるほど来るから仕方なく

パソコン内のデータを整理していたら、出てきた、映像たち。

 

 

たまたま見つけてはずっと見てしまう。

 

 

まず、中学生の時の、バスケ部の引退試合の映像。

 

夏の中野区大会の決勝、実践学園戦。

勝ったら都大会行き、負けたら引退。

実践学園って、けっこうスポーツで有名な学校で、

色々なところからスカウトしてくるから当然強いのですが、

なぜか同じ学年の選手たちはそこまでではなくて。

しかもうちの中学のキャプテンは東京都選抜のセンター

(っていうポジション。大体一番背が高いやつ。真ん中ではない)

だったのもあり、めちゃくちゃいい試合をした。

いやまあ実際は途中まで34-59で負けてた。

これがなんだかんだで67-69に追いつきます。

そして残り7秒で、キャプテンがフリースローを獲得。

2本とも決め、69-69になります。

めっちゃ盛り上がりました。

結局この直後に1学年下の、たしか能代工業って有名な高校(田臥勇太の出身校)

に行くことになるめっちゃ上手いやつに点取られて69-71で負けるんだけどね。

 

この映像を見ると、当時を思い出す。

バスケしかやってなかったけど、散々怒られたけど。

そんなに上手くもならなかったけど。

まあいい思い出なのかな。

あとこの試合、映像を見て初めて気づいた気がするけど、

他校がみんなうちの中学を応援してくれていてのに感動した。

実践学園が強いなんてわかりきっていたから、こっちを応援してくれていたのかな、わからないけど。

決して自分たちだけでは成り立たないんだなあと改めて気付かされました。

 

 

あと、高校のときのバスケ部の、勝てると思ってなかった相手に公式戦で勝った映像。

 

10回やったら9回は相手が勝つと思う。練習試合は普通に負けてた。

正直、勝てると思ってた人、いなかったように感じる。

だから、余計な力が入ってなかった。

それが功を奏し、あれ?これいけるのでは??という雰囲気になってきて、

まさかの勝利

 

この試合、まあ実力的に試合出れないだろってのは置いておいて、

怪我しててベンチ入りしてなくて、ベンチの外で応援していたのですが、

まあ応援好きだから楽しんで応援していて、

でもまさかの勝ちそうな雰囲気出てきて、めっちゃ熱くなった。

まさか勝つと思わなくて。

勝った後ベンチの方行って、スタメンの選手とベンチ裏で思わず抱き合った。

こんなことバスケ8年やってて1度しかなかった。

 

 

スポーツやっててなかなか出会えない、自分たちより強い、勝てないと思っていたところと競った試合。見ててやる気出ますよね。

 

 

そして、忘れてはいけないのが、早稲田祭の映像。

 

高校2年生のときにたまたま行った早稲田祭をきっかけに早稲田が大好きになり、それ以来ずっと早稲田目指してたのもあり、一種心の支えとなってました。

特に、早稲田祭のEnding Festival、いわゆる後夜祭の映像。

 

高校2年生当時、なんで周り早稲田関係者だらけなのに、めっちゃ並ぶのに、

記念会堂まで行ってEnding Festivalに参加したのか正直全く意味分からないが、

行ってよかったと思う。

 

たまたま公式戦に負けてオフになった、お世話になった塾講師が早稲田生だった、

それだけで早稲田祭に行ったのだが。

 

高校2年生の自分には早稲田祭は非常に衝撃的だった。

 

あまりにも、この人達は早稲田が好き過ぎる。

 

うろうろしてたらそんなこんなで夕方にパレードみたいなのが始まったのだが

そこで突然知らない人が肩組んできて、応援歌「紺碧の空」を歌い出す。

(完全に早稲田生だと思われてた)

 

いや、本当に衝撃的で。

 

後でわかるのですが、早稲田はこういうものらしい。

 

そしてこれが高校2年生当時の、早稲田祭Ending Festival。

www.youtube.com

 

 

 

これの40分あたりから見て欲しい。(携帯だと見れないかもしれない)

 

記念会堂にいる4000人くらい?がみんな肩組んで、

応援歌「紺碧の空」と、校歌「都の西北」を歌い出す。

 

今までの常識だと、高校で、校歌とかみんなそんなちゃんと歌わないじゃないですか。

なんか、うーんって思ってて、でも恥ずかしいから自分も歌わないんですけど。

 

早稲田は違った。

パレードのとき、身の回りは全員本気で歌っていた。

Ending Festivalのときのあの場の4000人、

まあ早稲田じゃない人もたくさんいると思うけど、

全員、本気で歌っていた。

 

こんなのありなのか。全力を出していいのか。

 

 

一瞬で早稲田の虜になった。

 

 

っていう、映像。

 

ちなみにいつでも見れるようデータをダウンロードしてあって、

この2012年のだけではなく、2013年(高校3年生)、2014年(浪人生)、

3年分の早稲田祭Ending Festivalの映像をちゃんと持ってます。

(あ、もちろん全部参加しましたよ。笑)

 

浪人の受験勉強中とか音声だけ聞いてました。

再生回数40回くらいいってます。

流石に自分でも変態的だと思う。

 

まあいまは流石にほとんど見ないし聞かないですけどね、笑

これも、当時の気持ちとか、色々思い出して、やる気でます。

 

 

って、映像見返してたら深夜になってました。

映像って容量食うから迷わず外付けHDDに移動しましたが。

そんなことはどうでもよくて。

 

 

結局思うのは、今生きてるこの時間が、後から

モチベーションになるもの、

必死だった記憶が思い起こさせるなにか、

になるんだなあ、ということ。

 

バスケの試合の映像だって、必死にやってた時間を示していて、

早稲田祭だって、早稲田好きになって、必死に早稲田を目指した時間を示している。

 

今これを見てやる気が出るのは、その時間必死に生きていたから、

それを思い起こさせるから、なのだろうなあ、と。

 

 

人生は、実はモチベーションビデオ作成の旅で、

後から振り返るためにあるのかもしれない。

 

 

 

さてさて、みなさん、今なんかモチベーションビデオになりそうなことあります?

 

どうせなら後から振り返って楽しめる、モチベーション湧く映像作れるように生きたいですね。

 

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本質から、逃げない。

大学入ったときは、お互い何者でもなかった。

 

ただ、最初から目標は一貫していた。

 

 

その目標に対して、常に行動し続けていた。

余裕なんてなかった。

 

たまに会っていたけれど、どんな時も常になにかに追われていた。

会う度、ってのは言い過ぎだけど、どんどん活躍のステージは変わっていた。

 

周りから求められているレベルも、量も、見た感じではあるけれど、すごかった。

 

たびたび色んなお話聞いたり相談乗ったりしたけれど。

 

気づいたら、でもないね、着実に、どんどん、有名になっていって。

 

なんだかんだで今に至るわけだ。

見えるところで言えば、なんだかんだで、その人に100万以上、消えていったわけだ。

数秒で10万が消えていく姿を見ると、ただ驚くことしか出来なかった。

 

その人に使っていいと、判断した人がそれだけいたわけだ。

すごいことだと思う。

これだけそれが見える化するのはちょっと怖いけれど。

それが現実。

 

 

もう、あの頃のままではないのだ。

大学入ったときは何者でもなかったけれど。

こちらはまだ何者でもないけれど。

同じ時間を過ごしていたはずだけれど。

 

もう、何者でもないなんて段階は、当に過ぎていた。

 

 

 

 

なんか、自分の中で思ったこと。

言葉にできるかはわからないけれど、自信はないけれど。

 

目標、やりたいことの本質を間違えてはいけないな、と。

 

物事って付加価値で判断しがちではないですか?

 

なにかになりたいとき。

なにかをしたいとき。

 

本質がそこにあるわけで、なりたい、したいことが本質なら、いいと思うのだが。

 

本質じゃない、付加価値で判断しがちではないですか。

 

忙しくなりたい、かっこよさそう、とか。

お金たくさんもらえそうとか。

 

なんか、うまく言葉に出来ないけれど。

 

ここまでに至ったのは、別にここを目指したからではない。

いま現時点もただの通過点。

 

ここまでの一連の流れ、それを目指して行動してきたわけではないだろう。

 

本質のためにがむしゃらに、行動してきたら、

結果こうなったわけだ。

 

なんか、本当にやりたいこととかから目を背けて、付加価値に目を向けてみて、

そこでなにかを判断した気になって、それで済ましてる気がする。

しかも、付加価値で判断したことって、結局付加価値でしかないから、

なんだか微妙。

うまくいかない気配。

 

なんか、もやもやしている。

 

将来のしごととかやりたいこととかきめるときとかなのかな、

本質から逃げてはいけないのかなと。

本質を目指し、その途中で、様々なことが起きるわけで、

その様々なことを目指すためになにかを目指すのはよくわからんなーと。

 

本質ただそれだけを目指し、必死に生きて、

その結果、色々なことが起きるのだ。

色んな人が語るいろんなことも、それを目指していたのではないのだ。

結果それが起きたのだ。

 

本質から、逃げるな。

 

 

全く言いたいことが伝わらないブログでしたね。

自分もわかりません。

みなさん一緒に考えましょう。

 

 

 

 

最後に。

 

 

ずっと応援してきたけれど。

何者でもないし必死に応援することしかできなかったけれど。

それはそれで、いい点ではあるのかもしれないけれど。

応援してばっかいないで、お前も頑張れよってことなんですよね。

 

 

以上、そこそこ近くからここ2ヶ月くらい?もっと?応援してきての感想。

 

 

こっちだって、がんばる、からな。

没頭しなければいけない、なんてことは頭ではわかっている。

没頭しなければいけない。

物事のある程度の上達には、没頭が必要だ。

 

そこには、純粋な気持ちしかない。

ただ、それをやりたい。

ただそれだけ。

それをやる理由とか、これをやったらどうなるとか、

成功した姿のイメージとか関係ない。

 

ただ、やりたいからやる。

没頭しているときはそうなっている。

 

今までなにに没頭してきただろう。

 

一番思うのは、高校生時代、バスケ部。

バスケットボールにおける、シュート。

高校時代、基本的に朝練は自主練で、強制される朝練はほとんどなかった。

 

朝練に来る人はそんなにいなかった。

朝練に来ないで朝から勉強している人もいたし、別になにが良いわけではない。

 

その朝練、基本的にみんなすることはシューティングだ。

1人でシュートの練習を普段はそこまですることはできない。

 

なんでかはよくわからないが、シュートは大好きだった。

 

朝練、自分らの代になってからは特に、よくもまあほとんど休まず平日5日間行き続けたなと思う。

でも、別に、ただ行きたかったから、行っていたのだ。

 

シュートが打ちたかったから。

 

本当に、バスケの、特に外からのシュートが好きだった。

(結局スリーの練習はあんまりしなかったからミドルシュートばっか上達したのだけれども。)

 

あのときは、ただシュートを打ちたくて、ただそれだけで毎日朝練に行っていた。

 

シュートを上手くなりたくて。

試合に出たいというより、シュートを上手くなりたくて。(笑)

 

シュート好きすぎて、本買ってシュートについて勉強したりもしていた。

シュートの極意みたいな、コービー・ブライアントが表紙の本。

 

あと、なんだかよくわからないDVDを買ってみたりもした。

(ここだけの話、すぐなら返品できたので返品したけど)

なんだっけなあ、古武術をバスケに応用する、みたいな。

 

なんだかよくわからないけど勉強して、それも身につけようとしていた。

 

 

これ、全部、シュート好きすぎて勝手にやったことだ。

 

これが、没頭なのだろうな、と思う。

 

 

没頭したい。

 

没頭しなければいけないことがあるのは、わかっている。

 

 

 

 

あああ〜〜〜没頭したい〜〜〜〜〜

 

雑念が多すぎるよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

たまに、ITなんてなければよかったのにって、思いませんか。

ITってなんなのでしょうか。

Infomation Technology。

インターネットなどの通信とコンピュータとを駆使する情報技術。

 

 

たまにITなんてなければよかったのにって思いませんか。

 

 

小学校のときからパソコンいじって遊んでいた。

小4くらいからブラウザ上で動く野球ゲームやRPGみたいなものにはまり、

勝手にパソコンをいじりまくってどんどんローマ字の打ち方を覚えていって。

小6あたりから友達とオンラインゲームをするようになり。

中学時代も引き続きオンラインゲームをしたり、Skypeで友達と話していたり。

この頃の将来の夢は「デスクワーク」

とりあえずパソコンをいじれる仕事に就きたかったようです。

高校入ってからは、あんまりその余裕もなくてパソコンそこまでいじってなかったかも。でも、iPod touchを手に入れ、ずっとそれで遊んでいた、かな。

そして、大学を選ばなければいけない段階になり、

当然のように、志望は「情報系」の学部。

理系の学部の情報工学とか、情報科学とか。

結局”情報”って名前はついてるけど情報系の学部ってわけじゃない、しかも理系じゃない環境情報学部に行ったけど。

そして、MacBook Proを買い、それ以降毎日パソコンをいじっている。

大学入ってから、Twitterfacebook、LINEを特に使うようになった。

LINEを使った連絡は頻繁に来るし、

facebookには意識高めな感じの話がどんどん投稿されるし。

Twitterは情報の流れがあまりに早すぎてよくわからないし。

でもなんか、見たいものは全部見ておかないと不安だから全部見ておいたり。

大量にあるWebメディアの記事。

いいなって思ってPocketやevernoteGoogle Keepに記事を保存しておくけど、結局みないままだったり。

 

 

大学入って、ITを使ってなんかしたいなって思っていたけど。

 

ITのおかげで幸せなのかは、すごく疑問。

 

ITによって、時間を消費している感がすごい。

 

Webメディアだから、そのとき流し読みしても、まあまた後で見れるしなって思って、もはやそのタイトルも、なんのメディアかもあやふや。

今は見たいページを保存しておけるから、とりあえず気になったから保存しておいて後で読めばいいやって保存して、二度と見ない。

 

ネットに流れる大量の情報。

 

どんどん情報を眺めていって、自分に身に着けてられたと思っているけど、そのページを閉じた瞬間に捨てている。

 

インターネット以前の今までの時代で1回見られたということ価値と、

インターネット以後の1回見られたということの価値、

恐らく100分の1くらいなんじゃないかな。

 

恐らく、こんな時代に生きているのだから、

こんな時代で強いのは、そのITを消費せず、ITで生産していく人。

 

っていうと簡単過ぎるね、生産しろよお前もって話。

そんなにうまくいってないんですよ、察しておくれ。

 

というよりも、ITに消費されない人なのでは。

消費しているというより、消費されている。

能動的に消費しているのではなく、受動的に消費されている人が大半だ。

最近なら誰もが経験あるはず。

スマホTwitterを見ていて、閉じて、次の瞬間Twitterを開き、はっとする、また開いてしまったと。

 

 

結局なにがしたいんだろうね、ITって。

 

ITはもっと、幸せを作れる

 

ってCMを昔見てそれがずっと好きだけど。なかなか難しいね。

 

本当に幸せ、作れるのかな。

 

 

まあでも、そういう時代に生きているのだから。

 

これはこれで楽しんでると言えば楽しんでる。

 

気軽に自分の作ったものを発信していけるのはITのおかげ。

 

知っている世界が”絶対的に”広くなったのはITのおかげ。

 

 

ITに悲観しているけれど。

ITは本来、楽しいものだ。

 

 

 

最近、Web上の記事は読んでいるのが楽しくて、気づいたら読んでいるだけでかなりの時間が過ぎている。

ITに消費されている感じしかしない。

そしてちょっと自己嫌悪に陥って、夜中までぼーっとする。

 

なんとも生きづらい世の中だね。

 

 

少しでも自分と向き合って生きていければ、まあ、きっとどうにかなるかなー。(笑)

 

 

なんにも知らなかった、高校生までの俺と、

中途半端に色々なことを知っている(ような気になっている)俺、

果たして、どちらが幸せなのか。

 

微妙に色々な可能性を知っている(ような気になっている)と、

なんか、絶望感しかない、よね。

 

 

それでもなお。

 

 

ITはもっと、幸せを作れる。

 

 

アップセットを起こす。

 

 

 

 

ちょっとなんか書かずにはいられなくなったから、思いつくまま書いてみた。

わけわかんなくなったけど、こういうブログの書き方あまりしないから、これはこれでありかな、ということで。駄文にお付き合いくださりありがとうございました。

いつしか、なんとなく、群れていく。

あの、最初に言いますが、ほぼ自戒です。

 

 

大学って、まあいいんですけど、授業とかで同じサークルの人たちと受けてるじゃないですか、みんな。

いや、俺も同じ授業受けてる人いたらたまにそういうことしますけど。

だから他人のことは全くいえないんですけど。

 

 

つまらなくないですか?

 

 

いや、居心地は良いのかもしれません。

でも、その居心地って、なんですか?

 

周りがみんな知り合いと授業を受けているから、

仲間はずれというか、他人と違う気がして嫌だから、

とりあえず知り合いと一緒に授業を受けることにより、

周りのことを気にする必要がなくなって、結果居心地がいいのでは?

 

少なくとも僕はそう思います。

 

大学入りたての頃って、まわり全員知らない人じゃないですか。

だから、だれも周りに壁を作ってなかったんですよ。

いや、個人的に誰とも話したくなくて壁を作ってる人はいるかもしれないですが。

それはあくまで弱い壁かな、と。

崩せる余地のある壁かな、と。

 

いま、サークルのメンバーとかと一緒に授業受けてる場合、

それを周りから見たら、周りを強固な壁で覆われてると思うんですよね。

 

それはもう、崩せない壁です。

 

なんか、コミュニティとして固まって、周りから崩せなくて

それ以上なにも起きないじゃないですか。

 

つまらないなーって。

 

 

まあ僕個人の勝手な思いなんですけどね。

 

完全に僕の話ですけど、

別に知らない人と話すのは苦手じゃないんですよね。

だから、大学入りたての頃とかは、

みんな知り合い作りたがってるし、誰にでも話しかけていいというか、

そんな空気があったと思うのですが。

その時は誰にでも話しかけられて好きだった。授業の時とか特に。

 

でも、次第に自分の所属するコミュニティを決めて、

コミュニティ外の人を自分から排除していくような気がして。

 

微妙な知り合いとか、その時一緒にならないと、今後話せなくなっていくじゃないですか。

 

この状況がいちばん苦手なんですよ。

いや、それはみんな苦手かもしれないですけどね。

よく言われるよっ友(「よっ」って通りすがり声かけるだけの関係)ってありますが、

それ未満の関係。

 

僕はよく人のことを覚えていられるので、相手の名前とかも覚えてるんです。

けど、相手が自分のことを完璧に忘れていることもある、ということを目の当たりにしたことがあって以降、基本相手のことを忘れたふりをするのです。

けっこうな衝撃でしたよ、相手の名前も出身高校もわかりますよ、その関連の話してけっこう盛り上がったのに。覚えておいてくれよおい。(笑)

 

この時感じました。

つまり、僕はこの人にとって完全に必要ないと思われたのだな、と。

思われたというか、相手の心ではなく脳がそう判断したというか。

 

 

これって大学だけじゃないんですけどね。

大学の場合ちょっとその傾向が強くて壁も強固かなって思いますが。

色々手伝ったイベントとか、様々なところで、この風景を見てきました。

 

まあだから、大学が悪いわけじゃないですよね。

人間とはおそらくそういうものなんです。

 

これを嘆いてる時点で、ただ俺が人間生活に不適合じゃんってなるんですよね。(笑)

 

なんかでも、誰とでも話せるような空気にまたなるといいなー、って。

常に一緒の人と群れてるんじゃなくて、

どんどん新しい関係が増えて、

どんどん自分の中で新しいなにかが芽生えていけるといいのになーって。

なんかそれのが豊かだなーって。

 

まあ、好きな人たちと一緒にいるのは楽しいんですけどね。

 

本当の居心地の良さってなんなのかなーと。ふと思いました。

 

同じコミュニティの人たちととりあえず群れておくのが、居心地いいんですかね?

一人でも気にならない、近くにいる人と話したければ話せる、

そっちのが僕は居心地いいなあ。

 

 

と、ただの、個人的な願いでした。

 

 

 

 

 

 

 

自分の幸福感を追い求めて。

自分の幸福感は、どうやって満たされるのでしょうか。

 

いまの自分は、自分で自分を満たすことは、あまりできていないように感じます。

 

なんか用事があって、人と会うことがあれば満たされるけれども。

 

まあぶっちゃけ用事がないことのほうが多いですし。

そうなって1人の時の、自分の満たし方が、圧倒的に下手。

 

おそらく、大事になってくるのは、習慣なのだろうな、と。

1人になってから突然なにするか考えてるんじゃ、なにもできません。

おそらく、自分なりのルーティーンを作らなければいけません。

 

浪人時代もそういえば

8時20分に家を出て自転車で予備校に行って、授業を受けて、4時半くらいに4限が終わって、

友達とファミマに行って、食物と飲み物買って(結局草大福に落ち着いた)

食べながら戻って、5時くらいになって、そこから勉強開始して、9時25分に警備員が帰れって教室のドアを開けてくるまで開放教室で勉強する、ってのが平日のルーティーン。

その時間になって、ゴミとか片付けて、あー今日もがんばったーって満たされて、帰ってました。

 

まあこれは半分”予備校”という強制によって作られた習慣。

 

これを自分で、自分なりに作らねばいけません。

 

なにに幸福感を感じるのでしょうか。

 

やはり、”生産”というキーワードは忘れてはいけないのだろうなと思います。

 

楽しいものを消費するのも、そのときはいいのですが、1日を終えて振り返った時、それだけではだめなんだろうな、と。

 

スマホアプリを毎日とりあえずやる感じ。

なんか、やりたい!って気持ちでやるならいいと思うのですが、とりあえずなにしていいかわかんないしやるかーって気持ちでやるのなら、あんまりやるべきじゃないんだろうな、と。自戒ですけどね、これは。(笑)

 

ここ3日間くらい、課題溜まってるのに本当にほぼなにもせず過ごしました。

これからは、1日、1つは生産できるようにしていきたいですね。

その中でおそらく1番簡単なのは”ブログ”なのだろうと思います。

 

あと、自分が1日パソコンいじってなにをしていたのかを、時間に記録すべきなのだろうなと。

浪人時代、毎日なんの教科を何時から何時まで勉強した、というのを記録していました。

単純にデータ化するのは楽しいですし、何時間取り組んだ!って自分の幸福感にもつながるかなあと思ってます。

 

 

そんなこんなで、日々、毎日を浪費せず充実させていくための方法を、探求していこうと思います。